Friday, July 14, 2006

A Harlot's Progress by William Hogarth

娼婦一代記(6枚組)
ウィリアム・ホガース
1732
エッチング、エングレーヴィング

 『娼婦一代記』は「画かれた道徳」として知られるホガース連作版画の最初の話題作です。1年間に1,500人の予約申し込みがあって、少なくとも1,240組の版画が刷られたといわれています。この娼婦一代記によって、ホガースは名声と富とを一挙に獲得しました。
 ロンドンの都会に憧れ、田舎から出て来た娘モルが、当時ロンドンの悪名高い女衒のニダム婆さんや悪徳漢のチャタリスの罠にかかり、ユダヤ人の囲い者に売りとばされ、やがて娼婦に身を落とし、当時これまた実在の鬼判事と恐れられていたサー・ジョン・ゴンソンに捕らえられて、感化院に送られ、罪を償った後に、病気で死んでいくという全6景の物語です。

第1葉 ロンドンに到着したモ ル 
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 1.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.0×37.5(32.1×39.4)cm

ヨークシャーの田舎娘モル(1)、いま荷馬車ヨーク号(2)(coachに乗れない貧しい人々の乗り物)から降りて、ロンドンの裏町の一角ウッド・ストリート(Wood Street)にあるベル亭(実在)の中庭に着いたところです。
モルの背後の馬に乗った牧師(3)は、「ロンドン司教様」と書かれた推薦状を得意気に荷馬車ヨーク号の中の娘たちに読んで聞かせています。
牧師は身なりもみすぼらしく、馬も貧弱で瓦のかけらのまじる藁をむさぼり食っています。藁で包んだ土器は今にもくずれ落ちようとしています。
牧師のそばで田舎娘モルが早速当時有名な女衒ニーダム婆さん(Mother Needham)の口車にみごとに乗せられています。
ニーダム婆さんは言葉たくみに田舎娘モルに、まことしとやかに勤め口を世話しようと申し出ているところです。
右手建物の戸口に立つのは当時悪徳漢として知られる実在の人物チャータリス大佐という売春宿の主人です。
チャータリスの背後には、売春斡旋人ジョン・グーリーがいて、卑屈なもの腰でご主人ご機嫌をとっています。
田舎娘モルが運んで来たバスケットの中のがちょう(goose)(4)は、彼女がとんまでだまされやすいことを象徴しています。
(1)田舎出の娘モル(またはメリー)・ハッカバウトの名は右隅のトランクにあるMHのイニシャルと第6葉から当時実在した娼婦ケイト・ハッカバウトからヒントを得たものと思われます。モル(moll)は俗に娼婦の意。
(2)馬車の帆にYork wagonの文字。
(3)モルの父親という説もあります。
(4)gooseは「がちょう」以外に「とんま」の意味あいもあります。

第2葉 富裕なユダヤ人の妾となったモル
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 2.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.2×37.1(32.4×37.4)cm

モルがニーダム婆さんの口利きで世話された勤め口は富裕なユダヤ人の囲われ者となることでした。
モルは金ピカの家具調度品、女中、召使いのインド少年、愛玩用の猿つきのアパートでなに不自由のない暮らしをしています。
今やすっかり都会風に着飾ったモルには若い恋人がいます。
テーブルの上の仮面は、モルが若い恋人と仮装舞踏会に出かけ、その夜は恋人を自分のアパートに泊めていたことを物語っています。
そこへ朝早くから突然主人が朝食に訪れます。
左後方の戸口から逃げ出そうとしているのは、モルが密かに情を交わしている若い恋人です。
主人のいるときの来客は女中がうまく追い返すのですが、この時は咄嗟のことでモルが主人とわだざと喧嘩して、その間に女中が寝室に隠れていた恋人を戸外へ連れ出しています。
驚いた主人と猿の表情がとてもユーモラスに対比して描かれています。
背後の壁の旧約聖書から取材した二枚の絵は、モルとユダヤ人の間の破局を暗示しています。

第3葉 逮捕の朝
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 3.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.0×37.8(32.4×39.1)cm

場面はドルアリー・レインのあれはてた屋根裏部屋です。
不義を犯したモルはユダヤ人に追い出され、困ったモルは安い宿に移り、だれかれかまわず客を取るようになります。
モルの手にするのは、昨夜の客から失敬した時計で、針は午前11時45分を指しています。
モルに朝食のお茶をついでいるまん丸に太った女中の鼻は、梅毒のために潰れていて、彼女の行く末を暗示しています。
パンチ・ボウルが折りたたみ式のテーブル上にあり、大コップやパイプが敷物もない床の上に散乱し、左側の狭い窓枠の縁には、いまわしい薬びんが置かれています。
漆喰の壁に貼られた二枚の紙は、ゲイの「乞食オペラ」の主人公である辻強盗マックヒース(Capt Mackheath)と、1719年の二回の過激な説教で、ゴドルフィン内閣を失脚させたイギリス高教会の闘士「ヘンリー・サシェヴェラル神学博士(Dr.Sacheveral S.T.P.)」です。
ベッドの天蓋の上には、現に1730年タイバーンで処刑された実在の追いはぎ「ジェイムズ・ドールトンの鬘箱(James Dalton his Wigg box.)」があります。
枕元に魔女の帽子と樺の木の箒が掛けられているのは、モルが今でも仮装舞踏会に通っている証拠です。
モルは部下を従えて左奥から入ってくる当時娼婦狩りで有名な鬼判事のサー・ジョン・ゴンソンに逮捕されます。

第4葉 感化院にて
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 4.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.2×37.9(31.4×38.7)cm

モルはゴンソンにあげられて、当時トットヒル・フィールズにあった感化院に送られます。
銀のレースのついた華やかな長上着を着たモルも、そこでペテン師や女衒たちとともに朝6時から12時間の大麻を打つ強制労働に服しています。
右側に破れた靴下を履いているのは、一緒に入監したモルの女中です。
モルの背後でこっそりと銀レースを盗もうとする女囚やモルの女中が感化院の獄吏に色目をつかっています。
中央には「怠惰の報い(The Wages of Idleness)」と書かれた笞刑柱があります。
右側の扉には、絞首台にかけられた人物の恨みの落書きがあり、そこには鬼判事のインシャル「SrJ.G.(サー・ジョン・ゴンソン)」と書かれています。

第5葉 臨 終 を 迎 え る
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 5.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.5×37.5(32.2×38.9)cm

解放されて感化院を出たモルは再び娼婦の生活に戻ります。
しかし、すでに侵されていた梅毒が悪化し、死に際を迎えています。
モルの顔は蒼白で今にも息絶えんとしています。
駆けつけた二人の医者(1)は、臨終のモルの手当そっちのけで、自分たちが処方し与えた薬の効用について激しい論争をしています。
女中はモルの看病をしながら医者の争いを止めています。
左端では家主の女房が家賃のかたにとモルのトランクから、衣装、魔女ハット、舞踏靴、仮面などを漁り求めています。
暖炉の前でモルの息子が片手で肉をあぶり、片方の手で頭を掻きむしっています。
手前の床には「鎮痛用ネックレス(PRACTICAL SCHEME ANODYNE)」の袋があります。
ドルアリー・レインの屋根裏からこのあばら屋に逃げて来たモルの生活ぶりは、はがれた壁、雨漏りのする天井、壊れた食器などが、彼女の転落ぶりを物語っています。
(1)この二人の医者は当時悪名高かったやぶ医者のリチヤード・ロックとジャン・ミソーバンです。

第6葉 モ ル の 葬 式
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 6.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.0×37.8(31.8×38.7)cm

モルの棺の周囲に集まっているのは、売春宿の主人、女衒、仲間の娼婦たちで、ジンを飲みながら、彼女の死を悼み、あるいは悼む素振りをしています。
立会に呼ばれた牧師は、当時いかがわしい秘密結婚の仲立ちとして利用された最低の悪徳貧乏牧師フリート・チャプレン(1)です。
牧師はジンに酔ってドロンとした目つきで、右手を傍らの娼婦のスカートに忍ばせ、帽子で巧に隠されていますが、女の陶然とした表情、特にその目つきが牧師の行為を暗示しています。
この荒んだ集団の中で、一人無邪気に独楽と遊ぶモルの遺児の姿が印象的です。
(1)フリート街の牧師というのは、1666〜1754年にかけて存在した特殊な僧侶で、とことん堕落していたことを、この絵は容赦なく暴露しています。

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