Monday, July 31, 2006

Analysis of Beauty. by William Hogarth

美の分析(2枚組)
ウィリアム・ホガース
1753
エッチンク、エングレー
ヴィング (ホガース)
ホガースは1753年に彼の美の理念を詳説した『美の分析』を出版した。
2葉からなる銅版画は同書の解説用図版として制作されたものである。

1葉 美の分析[彫刻の庭]
1753
エッチンクとエングレー
ヴィング (ホガース)
Analysis of Beauty.Plate 1
Designed,Engraved,and Publish'd by Wm.Hogarth March 5th 1753 according to Act of Parliment. [Third State.]
37.1×49.1(39.1×50.5)cm
第1葉では、庭園に古代の彫刻が立ち並ぶ(これは、ハイド・パーク・コーナーとピカデリーに面してあったジョン・チェアーの彫刻公園がモデルであろうといわれています)。

第2葉 美の分析[カントリーダンス]
1753
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
Analysis of Beauty.Plate 2
Designed,Engraved,and Publish'd by Wm.Hogarth March 5th 1753 according to Act ofParliment. [Third State.]
37.0×49.8(42.9×53.3)cm
第2葉は一変して「現代」の舞踏会の場面が描かれています。これは『当世風結婚』の続編として彼が制作を企画していた『幸福な結婚』の連作版画の原画として描かれた油彩画《ウォンステッドの舞踏会》(1750)を版画化したものです。これらは、古今の優れた美術作品には彼の主張する「美の線」がいかに顕著に見出されるかの例証として示されたものです。こま割にされた両者の額縁にも「美の線」のヴァリエーションと、それが照応されるさまざまな事例が取り上げられています。

Friday, July 21, 2006

Interesting exhibition-'06 August

Illustration for Cervante's Don Quixote by William Hogarth

セルバンテス著『ドン・キホーテ』挿絵 (6枚組)
ウィリアム・ホガース
1738
エッチング、エングレーヴィング(ホガース)

 セルバンテス著『ドン・キホーテ』に寄せた挿絵。この著書にはギュスターヴ・ドレも挿絵を描いており、フランスのオノレ・ドーミエもドン・キホーテを題材とする油彩を描くなど、多くの作家のテーマとなっている。
セルバンテス(1547-1616)の生涯は波乱に富み、奴隷や入獄も体験。ユーモアと諷刺、悲劇的・喜劇的要素を備え、過渡期の時代をよく描き出した。
 ドン・キホーテはセルバンテスの長編小説。1605年刊、続編1615年刊。
主人公ドン・キホーテは騎士道物語を耽読して妄想に陥り、痩馬ロシナンテにまたがり、従士サンチョ・パンサを伴って騎士修行に出かけ、種々の滑稽と冒険とを演ずる。

第1葉 グリソストモの埋葬
セルバンテス著『ドン・キホーテ』挿絵
岩波文庫 セルバンテス著ドン・キホーテ正編1 頁227
第13 「娘羊飼マルセーラの話が、ほかの出来事のあいだに、終る章」参照  
ウィリアム・ホガース
1738
エッチング、エングレーヴィング(ホガース)
The Funeral of Chrytom & Marcella vindicating herself
Illustration for Cervantes' Don Quixote.Vol.I.p.71
Book 2nd. Ch : 5th.
W Hogarth Invt et Sculpt. First State.
23.5×17.6(25.4×18.7)cm

第2葉ドン・キホーテは宿屋の主人の妻と娘に看護さえる
セルバンテス著『ドン・キホーテ』挿絵
岩波文庫 セルバンテス著ドン・キホーテ正編2 頁20
第16 「城とおもった街道宿で、奇想驚くべき郷士に起きたことの章」参照
ウィリアム・ホガース
1738
エッチング、エングレーヴィング(ホガース)
[Don Quixote being cared for by the Innkeeper's Wife and Daughter]
The Innkeeper's Wife and Daughter taking Care of ye Don after being bealen & bruised.
Illustration for Cervantes' Don Quixote.Vol.I.p.80
Book 3rd. Ch : 2nd.
W Hogarth Invt et Sculpt. First State.
23.0×17.5(25.1×18.6)cm

第3葉 マンブリーノの兜の冒険
セルバンテス著『ドン・キホーテ』挿絵
岩波文庫 セルバンテス著ドン・キホーテ正編2 頁94 第21「マンブリーノの兜のみごとな冒険と価知れぬ獲得、ならびに、われわれの無敵の騎士に起きたことさまざまを扱う章」参照
ウィリアム・ホガース
1738
エッチング、エングレーヴィング(ホガース)
[The Adventure of Mambrino's Helmet.]
Don Quixote seizes the Barber's Bason for Mambrino's Helmet.
Illustration for Cervantes' Don Quixote.Vol.I.p.155
Book 3rd. Ch : 7th.
W Hogarth Invt et Sculpt. First State.
22.5×17.9(24.8×18.7)cm

第4葉 漕刑囚の解放
セルバンテス著『ドン・キホーテ』挿絵
岩波文庫 セルバンテス著ドン・キホーテ正編2 頁111 第22「行きたくもないところへいやいや引かれて行く、ふしあわせな者どもに、ドン・キホーテが与えた自由の章」参照
ウィリアム・ホガース
1738
エッチング、エングレーヴィング(ホガース)
[The Freeing of the Galley Slaves.]
Don Quixote releases the Galley Slaves.
Illustration for Cervantes' Don Quixote.Vol.I.p.129
Book 3rd. Ch : 8th.
W Hogarth Invt et Sculpt. First State.
22.1×18.1(24.9×18.6)cm

第5葉 ドン・キホーテと岩山の騎士
セルバンテス著『ドン・キホーテ』挿絵
岩波文庫 セルバンテス著ドン・キホーテ正編2 頁148
第24「ラ・シェルラ・モレーラの冒険の冒険がつづく章」参照
ウィリアム・ホガース
1738
エッチング、エングレーヴィング(ホガース)
[Don Quixote and the Knight of the Rock.]
The unfortunate Knight of the Rock meeting Don Quixote.
Illustration for Cervantes' Don Quixote.Vol.I.p.140
Book 3rd. Ch : 9th.
W Hogarth Invt et Sculpt. First State.
23.7×17.9(24.9×18.6)cm

第6葉 身をやつす助任司祭と床屋
セルバンテス著『ドン・キホーテ』挿絵
岩波文庫 セルバンテス著ドン・キホーテ正編2 頁188
第26「ドン・キホーテが恋慕のため、ラ・シェルラ・モレーラでしたゆかしいわざのつづく章」参照
ウィリアム・ホガース
1738
エッチング、エングレーヴィング(ホガース)
[The Curate and Barber Disguising Themselves.]
The Curate & Barber disguising themselves to convey D. Quixote home.
Illustration for Cervantes' Don Quixote.Vol.I.p.166
Book 3rd. Ch : 13th.
Wm Hogarth Invt et Sculpt. First State.
22.9×16.8(25.4×17.5)cm

Thursday, July 20, 2006

Industry and Idleness by William Hogarth

勤 勉 と 怠 惰 (12枚組)
ウィリアム・ホガース
1747
エッチング、エングレーヴィング
 ホガースの銅版画による「描かれた道徳」のうち、最も長大なものです。同じ織物工場に働くフランシス・グッドチャイルドとトム・アイドルの二人の徒弟がそれぞれどのような運命を辿るのかを描いた'勤勉と怠惰'にまつわる教訓物語です。
 イギリスの生産形態が手工業から工場での大量生産方式に移行する大きな社会的変化を背景に、庶民がいかに生きるべきかを問うた作品です。
 各葉の額飾りには、旧・新約聖書からの引用が記されていて、場面の理解を助けています。

第1葉 織機に向かう二人の徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The Fellow' Prentices at their Looms. PlateⅠ
Industry and Idleness
Designed & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliament 30 Sep.1747
25.9×34.0(26.4×34.4)cm 第2ステート 1747

[織物工場にて]
画面は織物工場の作業場で織機の前に座る二人の徒弟の仕事に対する態度が対比されています。
ひとりは職工グッドチャイルド(Good Child=善良な子の意)で彼は仕事に没頭しています。
後ろの壁には、7月のカレンダーとロンドン市長ファティントンの「ロンドン徒弟心得(London Prentices)」が貼られています(同市長は職工から身を起こし、工場主の娘と結婚して出世したそうです)。
他方の徒弟はトム・アイドル(Idle=怠惰なの意)で、彼は髪もボサボサ、仕事に身が入らず、顔をしかめ天井を仰いでいます。
アイドルの織機は止まり、糸車には撚糸がなく、破れた「徒弟ガイド(The Prentices Guide」」は床に放り出され、猫が梭にじゃれついています。
その頭上には「モル(=娼婦の名)・フランダース(Moll Flanders)」のバラードがありがす。
アイドルの織機の上のジョッキには「スピトル・フィールド(Spittle Fields)」という工場の所在地が記入されています。
工場主が入口に立ち、アイドルの様子に眉をひそめています。
枠外の額飾りに旧・新約聖書からの銘文が記入されています。
怠惰なトム・アイドルの下の額飾りには、「大酒のみは貧しくなり、怠ける者はぼろを纏うであろう(詩篇23章21節)」があります。
勤勉なフランシス・グッドチャイルドの下の額飾りには、「働き者の手は、その人を金持ちにする」(詩篇10章4節)が引用されています。

第2葉 キリスト教との義務を全うする勤勉な徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The INDUSTRIOUS' PRENTICE performing the Duty of a Christian. Plate 2
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliament Sepbr. 30th..9×34.0(26.7×34.8)cm 第2ステート 1747

[教会にて]
勤勉なフランシス・グッドチャイルドは敬虔なクリスチャンでもありました。
日曜日の朝は工場主の娘さんにお供をして、聖マーティン教会のミサに参列しています。
寄り添うようにして詩篇を歌うふたりの仲の睦まじさが強調されています。
ふたりが歌う『詩篇』は119章97節であることが、額飾りの文字からわかります。
左側で家族専用席の鍵をもつ教会の召使い女は、新しい参列者の名前を読み上げています。

第3葉 神に奉仕すべき時に墓地で遊ぶ怠惰な徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The IDLE' PRENTICE at Play in the Church Yard, during Divine Service. Plate 3
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliament Sepbr. 30..7×34.1(26.7×34.8)cm 第2ステート 1747

[賭 博 を す る ア イ ド ル]
怠惰なアイドルの方は日曜日のミサには興味もなく、教会墓地の石棺の上で悪友たちと賭博をするという不謹慎さです。アイドルの生涯の悪友である黒眼帯の男、靴みがきの青年がいます。アイドルの背後で教区の役人が彼らを鞭で追い払おうとしていますが、額飾りの『箴言』(19章29節)からの引用、「審判は嘲笑者のために備えられ、鞭は愚かなる者の背のために備えられる」に対応します。
石棺の前の頭蓋骨や骨は、やがてアイドルたちに襲いかかる運命の不吉な将来を暗示しています。教会の外壁にロンドン市の紋章があります。悪友たちのうち眼帯をした男は、今後も登場します。

第4葉 主人に気に入られ信頼される勤勉な徒弟 
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The INDUSTRIOUS' PRENTICE at Favourite, and entrusted by his Master. Plate 4
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliament Sep. 30..2×33.8(26.5×34.8)cm 第2ステート 1747

[会 計 係 に 出 世]
グッドチャイルドは工場主の信頼を勝ち得、徒弟から会計係に昇進します。
フランシス(・グッドチャイルド=善良な子)は工場主の信頼を勝ち得、会計係に昇進します。彼は鬘を着けることを許され、「業務日誌(Day Book)と、金と、金庫の鍵の管理を任されます。工場主との信頼関係は、筆記台の上で握手する手袋によって暗示されています。
ポーターの運ぶ反物の上の住所から、工場主の名がウェスト(West)であることが知られます。
奥の方では織工たちが織機を動かしたり、糸を紡いだりしています。
机の脇の「暦(LONDON ALMANAC)」には「勤勉は時の前髪をつかむ」という標語入りの寓意像があります。
額飾りの引用文、「良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう」(『マタイ伝』25章21節)は勤勉の報いの貴さを説いています。

第5葉 放逐され、海に送られる怠惰な徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The IDLE' PRENTICE turn'd away, and sent to sea. Plate 5
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliamt Sep. 30..4×33.8(26.5×35.0)cm 第2ステート 1747

[流 刑]
怠け者のアイドルは、年季奉公の明けないうちに、さまざまな悪事のために解雇され、同時に流刑の身となります。
場面は流刑の島に送られる途中の小船の中です。
アイドルは、「年季契約書(This Indenture)」を海中に捨てます。同行の役人たちは、鞭と島の絞首台を示して、罪を重ねることの恐ろしさを教えます。付き添った母親は、涙ながらに息子を諭しますが、彼には反省の色も見えず「寝取られ男」の仕草をして見せる始末です。
額飾りには、「愚かなる子は母親の憂い(箴言10章1節)」の句があるますっws。

第6葉 年季を終えて工場主の娘と結婚した勤勉な徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The INDUSTRIOUS' PRENTICE out of his Time. & Married to his Master's Daughter. Plate 6
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Fourth State.
Publish'd according to Act of Parliament Sepbt. 30..4×33.7(26.5×]34.9)cm 第4ステート 1747

[グッドチャイルド の 結 婚]
一方、7年の年季奉公を終えたグッドチャイルドは、晴れて工場主の娘と結婚することになります。画面上方の豊穣の角に囲まれたライオンの看板には結婚する両家の名前「グッドチャイルドとウェスト(WEST and GOODCHILD)」が書かれています。結婚の翌日、鼓笛隊と肉屋(左端)が祝いにやってくるのは当時の習慣です。
彼らには若夫妻から祝儀が渡され、戸口に待つ物乞いの母子にも食べ物が与えられます。
左手前に座っているのは、「盥のフィリップ」と呼ばれた有名な即興詩人で、彼は下肢の不自由な身ながらイギリス領の各地を遍歴して歌を歌っています。彼の手にした紙には、「エッサイあるいは幸福な夫妻、新しい歌(Tefse or Happy Pair. A new Song.)」と書かれています。
額飾りには、「貞淑な妻はその夫の冠なり(箴言12章4節)の句があります。

第7葉 海から戻り、屋根裏部屋で下級娼婦と一緒にいる怠惰な徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The IDLE' PRENTICE return'd from Sea. & in a Garret with a common Prostitute. Plate 7
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliamt Sep. 30..7×34.1(26.7×34.8)cm 第2ステート 1747

[売 春 婦 とともに]
流刑の島から戻ったアイドルは、改悛どころか今後は辻強盗を働くようになります。
床のピストルやナイフからその夜も”仕事”をしたことを伺わせます。夜は馴染みの下級娼婦の屋根裏部屋へ転がり込みますが、アイドルは追手を怖れて落ち着かないようすです。
煙突から鼠を追って飛び込んだ猫の物音で跳び上がり、恐怖から髪を逆立て、目も血走っています。そんなアイドルには無頓着な娼婦は、アイドルが持ち帰った獲物ー2個の時計、イヤリング、封印、鍵などーを品定めしています。
鍵の壊れた戸口は2枚の板で支えられています。
壁の大穴は娼婦のペティコートでふさがれています。
部屋は壁も床板も剥がれ、家具は壊れて傾いたベッドだけという悲惨な生活です。
額飾りには、「揺れ動く木の葉も彼を驚かせる」(レヴィ記26章36節)の引用があります。

第8葉 金持ちになりロンドンの執政長官に出世した勤勉な徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
The INDUSTRIOUS' PRENTICE grown rich, & Sheriff of London. Plate 8
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliament Sepbt. 30. 1747
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
25.4×33.8(26.5×34.9)cm 第2ステート 1747

[執 政 長 官 に 出 世]
場所はロンドン、ギルド・ホールの大広間です。
フランシス・グッドチャイルドはついにロンドン市の執政長官に任命され、今日はその祝賀パーティです。グッドチャイルド夫妻は、画面一番奥の首座に座っています。名誉の標章である職杖と剣が二人の両側に置かれています。その頭上にはウィリアム三世の肖像画があります。窓側の壁?にはウィリアム・ウォールワースの彫像があります。彼は14世紀にイギリスの農民一揆の指導者ワット・タイラーを制圧した英雄です。天井のバルコニーでは楽士たちが演奏しています。右手は新執政長官の表敬に駆けつけた市民です。
彼らからの手紙「尊敬すべきフランシス・グッドチャイルド・・・」を役人が読み上げています(ここで初めてフランシスという名前が分かる)。
縁飾りには、「知恵を尊べば、汝に栄誉をもたらすであろう(箴言』4章7、8節)の句があります。

第9葉 ア イ ド ル の 逮捕
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
The IDLE' PRENTICE betray'd by his Whore, & taken in a Night Cellar with his Accomplice. Plate 9
Industry and Idleness
Design'd & Engrav'd by Wm,, Hogarth. Third State.
Publish'd according to Act of Parliamt Sep. 30. 1747
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
25.7×33.8(26.5×34.9)cm 第3ステート 1747

[アイドル の 逮 捕]
アイドルは例の悪友たちと強盗を続けて、ついに殺人を犯します。
場所はフリート・ストリートに近い「ザ・ブラッド・ボウル(=血の丼)」といういかがわしい名の酒場で、奪い取った品物を黒眼帯の男(徒弟時代からの悪友)と確かめています。アイドルのポケットや床に凶器のピストルがあります。その右では仲間が死体を地下室に投げ込んでいます。左に立つ女は、第7葉で一緒にいた娼婦で、彼女ははした金の報酬で彼らを左の保安判事に密告しているところです。こうしてアイドルはついに逮捕されます。
酒場の奥での酔っ払いたちの喧嘩、居眠り、水タバコの喫煙、壁に向かっての放尿などからそこの客層が窺われます。
天井から垂れ下がる首吊りの縄はアイドルの来るべき運命を暗示しています。
額飾りには、「姦通する女は、貴い命を狙う(箴言6章26節)」とあります。

第10葉 ロンドン市参事会員の勤勉な徒弟と、彼の前に引き出された共犯者に告発される怠惰な徒弟
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
The INDUSTRIOUS' PRENTICE Alderman of London, the Idle one brought before him & Impeach'd by his Accomplice. Plate 10
Industry and Idleness
Design'd & Engraved by Wm,, Hogarth. Second State.
Publish'd according to Act of Parliament Sepbt. 30..4×33.7(26.5×34.9)cm 第2ステート 1747

[アイドル の 裁 判]
罪状審議のために市参事会員の前に引き出されたアイドルは、昔の徒弟仲間だったグッドチャイルドと再会します。今はその地位に天と地ほどの開きのあるふたりの再開が、劇的に描かれています。市参事会員となったグッドチャイルドは毛皮つきのガウン、金の鎖をつけ、飾りつきの椅子に座っています。アイドルの姿を見たグッドチャイルドは思わず顔をそむけます。
グッドチャイルドの側で書記は「ニューゲイトの牢番殿」というアイドルを送検する書類の手続きをしています。アイドルは両手を合わせ、膝を折り、グッドチャイルドに慈悲を懇願しています。執行吏はアイドルの背後で彼の凶器、剣とピストルを高く掲げて有罪を立証しています。
嘆願するトム、辛い対面に思わず顔を背けるフランシスです。凶器を示して有罪を証する執行吏。証人として喚問された眼帯の共犯者は、左手で宣誓し(従って偽証を暗示しています)、その愛人が役人の袖の下を与えて偽証を認めさせようとしています。面会あるいは助命嘆願に来て、警備の役人に拒絶されるトムの母親です。額飾り左は「邪な者は、その手で掘った罠に落ちる」(『詩篇』9章10節)、右は「汝、裁きにおいて不正を行うなかれ」(『レヴィ記』19章15節)。

第11葉 処 刑 場 の ア イ ド ル
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
25.8×40.0cm 第3ステート 1747

[タイバーン刑 場で処 刑されるアイドル]
 トム・アイドルの死刑執行の日で、場所は12世紀以来有名な処刑場です。当時、死刑の執行は月曜日の午前8時とされていて、この日はほとんどの店・事業は休みとなり、大勢の見物人が詰めかけています。著名人の処刑や複数の処刑が行われる時は臨時の観覧席が設けられるほどで、10万人を数えたこともあるといわれています。トムは自分の棺と一緒に荷馬車に乗せられ、恐怖の表情で聖書を読んでいます。狂信的なメソジスト派の僧が、熱心に改宗を勧めています。先行する有蓋馬車の人物は、ニューゲイト牢獄の教誨師です。その右に三本柱の絞首櫓があります。前景中央の幼児を抱いて叫ぶ女は、トムの最後の言葉と告白を載せた号外を売っています。右端の箱車の上では、トムの母親が顔を隠して泣いています。

第12葉 ロンドン市 長となる
ウィリアム・ホガース 「勤 勉と怠 惰」
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
27.8×40.0cm 第3ステート 1747

[ロンドン市 長となる]
 前葉とは対照的に、フランシスの方はロンドン市長に任命されて生涯で至高の時を迎えます。
 今日は11月9日で、市長就任祝賀パレードの日、フランシス・グッドチャイルド市長は儀式用の馬車にのり、その地位に就いたことを示す剣を掲げて群衆の歓呼に応えています。最期の時のトムとは対照的に、その表情はシルクハットに隠れて見えません。
 馬車の後ろには、各ギルドの旗が並んでいます。
 右上の特別席に見えるのは、ウェールズ公フレデリック夫妻です。行列はキング・ストリートを通って、ギルド・ホールに向かっています。建物の間から、セント・ポール寺院の尖塔が望まれます。
 こうして徒弟時代の二人の同僚は、まったく違う形で群衆の中に身をおくことになります。

Marriage A-la-mode by William Hogarth

当 世 風 結 婚 (6枚組)
ウィリアム・ホガース
1745
エッチング、エングレーヴィング

 『当 世 風 結 婚』の6枚 組は、いわゆる「描かれた道徳」の頂点となすもので、画家・版画家としてのホガースの名声を後世に残すのに貢献した代表作の一つです。原画となった油彩画は、ホガースがフランスに旅行する1743年に完成しました。原画はもう1セットあったことが知られていますが、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵するセットは細部にわたって銅版画に近いので、1745年までに描き直された後のセットではないかと推定されます。銅版の彫刻にあたっては、フランス人彫版師のルイ・ジェラール・スコタンの技術を全面的に受け入れていますが、顔は自分で彫ったといわれ、もちろんビュランの「あたり」として最初に施すエッチングも、ホガース自身の手によるものでしょう。当時のヨーロッパでは下絵と彫版はまったくの分業であったことを考えれば、ホガースのこの版画への意欲が窺えます。

第1葉 結婚の契約
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング (G.スコッタン)
35.6×44.5cm 第5ステート 1745

スクワンダーフィール伯爵家(スクワンダーは浪費の意味)の豪華な応接間で、その息子とロンドン市参事会員(裕福ではあるが貴族ではない)の娘との結婚の相談の場面。
左端の伯爵は、ノルマンディー公ウィリアム以来の自分の家系を誇らしげに示しています(左足は痛風、つまり美食=贅沢を示しています)。
向かい合う参事会員は、娘の持参金として千ポンドを伯爵ではなく二人の間に立っている高利貸しに支払い、後者は証文を伯爵に渡しています。
伯爵はそれによって、中断していた新しい豪華な居館(窓の外)の工事継続が可能になる(建築士らしい人物が窓の外を見ている)。
一方右端の新郎は新婦を庶民の小娘と蔑み、彼女はそれに対する不満を露にしていますが、弁護士が彼女を宥めています。
壁を埋める名画(特定できるものもいくつかある)は、結婚の将来が多難であることを暗示しています。
右下で、番犬が紐で無理矢理繋がれているのがいかにもおかしいのです。
第2葉 怠惰な朝
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング (B.バロン)
35.6×44.8cm 第3ステート 1745

お家の事情で結婚した若夫妻の生活ぶり。
暖炉の上の時計は午前1時20分を指しています。
左端の伯爵2世は帰宅したばかりですが、遊びくたびれた様子です。
欠伸をする夫人はいざ知らず、犬は彼の浮気を嗅ぎつけているようです(ポケットに入った女物の帽子の臭いを嗅いでいます)。
一方打ち捨てられて所在のない新婦は、一日トランプやら、音楽の稽古やら、遊技の本を読んで時間をつぶしていたらしいのです。
右の召使い(メソジスト派信者)は、たった1枚の領収書と沢山の請求書を手に、二人の乱れた生活に対し神の許しをこうています。
暖炉の上の絵のキューピットは、今や弓を捨てて喇叭を吹き鳴らしています。
大天使に変身して、二人を楽園から追い出しにかかるところか。
その他、新家庭の破綻を暗示するものがいたるところにあります。

第3葉 薮医者のもとで
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング(B.バロン)
35.2×44.9cm 第3ステート 1745

放蕩の末梅毒に侵された新伯爵は、その道の偽医者(『娼婦一代記』臨終の場面の場面にも登場したミソーバン博士とされます。また彼は、壁に掛かった珍品に混じった歯の欠けた櫛や髭剃りから、前身が床屋であったことがわかる)のところに、すでに調合してもらった薬に効き目がないといって抗議にやってきたところです。
彼が連れてきた女性については、夫人と愛人の二説があります。
中央に立つ大きな女(手にし手術用のナイフを持っている)は、医者の妻あるいは助手と思われますが、伯爵の別の愛人とか、女の説もあります。
胸にF.C.のイニシアルのあるのは、ホガースがしばしば角つき合った絵画競売人の娘ファニ・コックに当てつけたという見方があります。
彼女の顔にも、この花柳病の印の斑点があります。

第4葉 伯爵夫人の接見
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング(S.F.ラヴネ)
35.2×44.0cm 第3ステート 1745

こちらは社交遊びに明け暮れする伯爵夫人。
しかし彼女のお目当ては第1葉に登場したドン・ファンの弁護士です。
彼は左端で尊大に寝そべって、仮面舞踏会の絵を指し、かつその招待券を示して彼女を誘っています。
右の壁には、彼の肖像画まであります。
周りには、イタリア人のカストラートやそのファンの有閑夫人、ドイツ人のフルート吹き、ダンディーで知られたプロシャ公使等々、当時の社交界を代表する実在の、あるいは象徴的な人物がひしめいています。
壁の絵は、浮気や不倫を暗示する主題ばかりです。
そこここに幼児の玩具があるのは、伯爵夫人にすでに子どものいることを暗示しています。

第5葉 伯爵の死
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング (S.F.ラヴネ)
35.4×44.8cm 第4ステート 1745

伯爵夫人と弁護士は、仮面舞踏会に行って、その帰りに連れ込み宿にしけ込みます(床の上に仮面が二つ転がっており、右下隅のコルセットの向こうに、「ザ・バーニョ」と書いた勘定書が見える)。
さすがに不信を抱いた伯爵が後をつけて来て不倫の現場に踏み込み、弁護士と決闘の末、心臓を一突きにされて倒れます。
弁護士は、寝間着のままで窓から逃げ出します。
騒ぎに駆けつける、宿の主人と夜警。
後ろの壁画の主題は、「ソロモンの審判」で、ここでは夫人が夫か愛人かの選択を迫られる寓意とされます。
左上の壁では、福音書記者の聖ルカが、愚かで醜い世事の記録者となっています。

第6葉 伯爵夫人の自殺
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング(G.スコッタン)
35.4×44.6cm 第3ステート 1745

場所はテムズ河畔の伯爵夫人の実家です。
伯爵家に比べて質実な室内です。
壁の絵も、貴族のイタリア好みに比べてこちらはオランダ派のものばかりです(中産階級の趣味の悪さを諷刺したもの)。
夫が愛人に殺され、そしてまた、愛人が絞首刑になって絶望した伯爵夫人は、毒をあおって自殺します。
彼女の足元に「弁護士シルヴァータングの最後の談話」と書かれた絞首台マークつきの号外と、「阿片剤」のラベルのある瓶が落ちています。 
召使いの抱く夫人の遺児は、先天性梅毒に侵されていて頬に斑点があり、脚もない(見えている片足は義足)。
この子が女児でありかつ不治の病であることで、長い伝統を持つ伯爵家は、ついに断絶することになるのです。
薬屋が「なぜ奥様に渡した」と召使いを責めているのは、号外のことか、それとも薬のことか。
死語硬直が始まる前にと、娘の指から指輪を抜く父親は、愛よりも富を重んじる商人の本質を諷刺しています。
鬘とステッキから医者とわかる人物が、右の戸口から去って行きます。

Monday, July 17, 2006

A Rake's progress by William Hogarth

放蕩者一代記(8枚組)
ウィリアム・ホガース
1735
エッチング、エングレーヴィング

 この物語は、「トム・レイクウェル(Rakehell=放蕩者)」という青年が、節約をして金を貯めた老父の後を継いだけれども、思わぬ遺産にうつつを抜かして、純真な恋人を棄て道楽に耽り、財産を使い尽くしたあげく、富裕な老醜婦と結婚して一時を凌ぎますが、賭博ですって借金がかさみ、あげくの果てに投獄されて発狂、悲惨な最後を遂げる物語です。 このシリーズ(8枚)の各版画の下方にはホガースの友人で劇作家のジョン・ホードリー博士の銘文がつけられています。
 原画となった油彩画はすべてロンドンのソーンズ美術館にあります。

第1葉 遺 産 の 相 続
放蕩息子一代記
1735.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
[A Rake's Progress, Plate 1.]
Invented Painted Engrav'd & Publishd by Wm. Hogarth June ye.. According to Act of Parliament. First State.
32.1×38.7(35.7×40.8)cm

高利貸をする父の死を聞いて、名門校オックスフォード大学遊学中のトム・レイクウェルは急ぎ帰省し、彼の新たな生活様式に合うよう仕立屋に喪服をあつらえています(当時衣装はその人の社会的地位をあらわす顕著な尺度であった)。
壁に亡くなったレイクウェルの父の肖像が掛かっている。そこには金銭勘定にいそしむ姿が描かれています。
戸口の壁の「用心しろ(BEWARE)」というモットーのある商標は、高利貸しを象徴する三個の万力(=viceに同音異語に悪徳の意味がある)です。
床の上の書類の一枚には「インド債券(India Bonds)」と記されていますが、それは亡父が東インド貿易ないし西インド貿易、あるいはその両方に関係していたことを物語っています。
オックスフォード遊学中ということは、足もとに散乱している日記帳の文字-My son Tom came from Oxford-から解されます。
戸口で婚約指輪を手にして涙を流しているのは、レイクウェルが遊学中に誘惑し、結婚を約束した純真で気立のよい棄てた女です。
右手の雑役婦らしい母親が、娘に寄せた「サラ・ヤング婦人よ」「最後の人生・・・貴方と結婚」などと書かれた多くのラブ・レターをエプロンに包み、身籠っている娘をどうしてくれるのか、とレイクウェルに詰め寄っているところです。
レイクウェルが差し出す左手に若干のお金が握られているのは、娘との手切金かと思われます。
この親子の来訪に気を奪われているレイクウェルの背後では、鋭い目つきの悪徳弁護士(鷲ペンがその職業を示しています)が、金銭をごまかそうとしています。
そんなことをお構いなしに、仕立屋は洋服のサイズを測っています。
背後の梯子に乗る葬儀屋が、壁に黒幕を張ろうとしたとき、力を入れすぎて天井の桟をこわし、守銭奴の亡父が隠していた金を落としています。
 名門校のオックスフォードで勉強中のトムは、高利貸の父の急死により大きな財産を相続します。彼は仕立て屋に喪服を作らせているところです。後ろでは弁護士がお金をくすねようとしています。 右手で泣いている娘(サラ・ヤング)は、彼が誘惑して身籠らせてしまったのですが、彼には彼女と結婚する意志はないのです。娘の母親は彼をなじります。ところで画面には、故人がいかに金銭に執着していたかを想像させる材料が、いたるところに散りばめられています。

第2葉 取 り 巻 き 連 中
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.4×38.3cm 第3ステート 1735

 トムは家を貴族の邸宅風に造り直し、上流階級の仲間入りをします。彼の家にはにわかに富豪の彼に金を使わせようとする取り巻き連中が、引きも切らず出入りします。左で鍵盤楽器を弾いているのは、ヘンデルと推定されています。その椅子の背から垂れ下がっているのは、当時有名だったカストラート(少年の美声を失わないために変声期前に去勢された男性歌手)のカルロ・ファリネッリはヘンデルのライヴァルであった王立劇場監督のニッコロ・ポルポーラが呼び寄せた歌手でしたが、ホガースはそのように楽器として作られた人間やそれをもてはやす流行を痛烈に批判しました。それにしてもこの画面は、当時の上流階級の趣味や風俗を窺わせて興味深いものがあります。

第3葉 居 酒 屋 で の 散 財
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.8×38.3cm 第2ステート 1735

 第2葉で昼の稽古ごとに追われたトムは、夜になると友人のために「ザ・ローズ」という居酒屋(実在した)で大宴会を催します。酔った彼は女に介抱されていますが、彼の腰にあるのは抜き身の剣で、彼の椅子の側に警棒と壊れたランプがあるのは、彼が夜警を襲ったことを匂わしています。

第4葉 逮 捕 の 場
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.8×38.7cm 第1ステート 1735

 トムは放蕩の末ついに破産、一攫千金を狙って賭博場に行く途中で役人に逮捕状を突きつけられます。当時破産者は、債務者監獄で労働に服さなければならない決まりでした。かつて彼が遊んで捨てたサラが駆けつけて、自分が針仕事で貯めたお金を差し出して、彼を助けようとします。

第5葉 老 女 と の 秘 密 結 婚
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.6×39.0cm 第1ステート 1735

 働くことを知らずただ貴族的生活にしがみつこうとするトムは、ついに片目の潰れた金持ちの老女と秘密結婚をします。場所は、当時その手の結婚を取り持つことで知られた聖メアリー・ル・ボン教会です。トムは、付き添いの若い娘の方に流し目を送っています。左後方では、赤ん坊を抱いたサラとその母親がやって来て結婚の無効を訴えますが、召使い女に追い返されます。

第6葉 賭 博 場 に て
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.6×38.7cm 第2ステート 1735

 老女の財産を手に入れたトムは、賭博場通い。今彼は大負けして、半狂乱になっています。犬の首輪から、場所はその一角にあった賭博場で、1733年に落雷のため火事になった「ホワイツ・チョコレート・ハウス」と推定されます。隙間から煙が漏れてきて、火事を暗示しています。左手に駆けつけた夜警。しかし、客たちはお構いなしに自分のことに没頭しています。儲けを山分けする者、高利貸に借金を申し込む者、口論する者、負けて悔しがる者、等々。勝った者を狙う追い剥ぎまでもいます。

第7葉 監 獄 に て
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.8×38.6cm 第1ステート 1735

 妻の財産までも使い果たして再度破産したトムは、再び監獄へ。獄中で思いついた最後のあがきとして、戯曲を書いて原稿をコヴェント・ガーデン劇場(当時、ジョン・ゲイの芝居「三文オペラ」の上演で評判だった)の支配人ジョン・リッチに送りますが、採用されず、老妻に罵られます。左はトムとの間の娘を連れて慰問に来たサラで、彼の再起が万策尽きたのに絶望して気絶します。

第8葉 精 神 病 院 に て
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.6×38.7cm 第2ステート 1735

 トムは発狂して精神病院に収容されます。ここでもサラはかいがいしく彼の世話をしています。周りにはさまざまなタイプの狂人がいます。彼らは、自分が聖人、王、教皇、天文学者、音楽家、仕立て屋、等々であると思い込んでいます。廊下には二人の若い女の見物客がいて、扇子で隠すふりをしながら、裸で放尿している王の狂人を盗み見ています。当時、精神病院の見物は日曜の楽しみごとの一つであったといわれています。

Friday, July 14, 2006

A Harlot's Progress by William Hogarth

娼婦一代記(6枚組)
ウィリアム・ホガース
1732
エッチング、エングレーヴィング

 『娼婦一代記』は「画かれた道徳」として知られるホガース連作版画の最初の話題作です。1年間に1,500人の予約申し込みがあって、少なくとも1,240組の版画が刷られたといわれています。この娼婦一代記によって、ホガースは名声と富とを一挙に獲得しました。
 ロンドンの都会に憧れ、田舎から出て来た娘モルが、当時ロンドンの悪名高い女衒のニダム婆さんや悪徳漢のチャタリスの罠にかかり、ユダヤ人の囲い者に売りとばされ、やがて娼婦に身を落とし、当時これまた実在の鬼判事と恐れられていたサー・ジョン・ゴンソンに捕らえられて、感化院に送られ、罪を償った後に、病気で死んでいくという全6景の物語です。

第1葉 ロンドンに到着したモ ル 
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 1.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.0×37.5(32.1×39.4)cm

ヨークシャーの田舎娘モル(1)、いま荷馬車ヨーク号(2)(coachに乗れない貧しい人々の乗り物)から降りて、ロンドンの裏町の一角ウッド・ストリート(Wood Street)にあるベル亭(実在)の中庭に着いたところです。
モルの背後の馬に乗った牧師(3)は、「ロンドン司教様」と書かれた推薦状を得意気に荷馬車ヨーク号の中の娘たちに読んで聞かせています。
牧師は身なりもみすぼらしく、馬も貧弱で瓦のかけらのまじる藁をむさぼり食っています。藁で包んだ土器は今にもくずれ落ちようとしています。
牧師のそばで田舎娘モルが早速当時有名な女衒ニーダム婆さん(Mother Needham)の口車にみごとに乗せられています。
ニーダム婆さんは言葉たくみに田舎娘モルに、まことしとやかに勤め口を世話しようと申し出ているところです。
右手建物の戸口に立つのは当時悪徳漢として知られる実在の人物チャータリス大佐という売春宿の主人です。
チャータリスの背後には、売春斡旋人ジョン・グーリーがいて、卑屈なもの腰でご主人ご機嫌をとっています。
田舎娘モルが運んで来たバスケットの中のがちょう(goose)(4)は、彼女がとんまでだまされやすいことを象徴しています。
(1)田舎出の娘モル(またはメリー)・ハッカバウトの名は右隅のトランクにあるMHのイニシャルと第6葉から当時実在した娼婦ケイト・ハッカバウトからヒントを得たものと思われます。モル(moll)は俗に娼婦の意。
(2)馬車の帆にYork wagonの文字。
(3)モルの父親という説もあります。
(4)gooseは「がちょう」以外に「とんま」の意味あいもあります。

第2葉 富裕なユダヤ人の妾となったモル
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 2.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.2×37.1(32.4×37.4)cm

モルがニーダム婆さんの口利きで世話された勤め口は富裕なユダヤ人の囲われ者となることでした。
モルは金ピカの家具調度品、女中、召使いのインド少年、愛玩用の猿つきのアパートでなに不自由のない暮らしをしています。
今やすっかり都会風に着飾ったモルには若い恋人がいます。
テーブルの上の仮面は、モルが若い恋人と仮装舞踏会に出かけ、その夜は恋人を自分のアパートに泊めていたことを物語っています。
そこへ朝早くから突然主人が朝食に訪れます。
左後方の戸口から逃げ出そうとしているのは、モルが密かに情を交わしている若い恋人です。
主人のいるときの来客は女中がうまく追い返すのですが、この時は咄嗟のことでモルが主人とわだざと喧嘩して、その間に女中が寝室に隠れていた恋人を戸外へ連れ出しています。
驚いた主人と猿の表情がとてもユーモラスに対比して描かれています。
背後の壁の旧約聖書から取材した二枚の絵は、モルとユダヤ人の間の破局を暗示しています。

第3葉 逮捕の朝
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 3.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.0×37.8(32.4×39.1)cm

場面はドルアリー・レインのあれはてた屋根裏部屋です。
不義を犯したモルはユダヤ人に追い出され、困ったモルは安い宿に移り、だれかれかまわず客を取るようになります。
モルの手にするのは、昨夜の客から失敬した時計で、針は午前11時45分を指しています。
モルに朝食のお茶をついでいるまん丸に太った女中の鼻は、梅毒のために潰れていて、彼女の行く末を暗示しています。
パンチ・ボウルが折りたたみ式のテーブル上にあり、大コップやパイプが敷物もない床の上に散乱し、左側の狭い窓枠の縁には、いまわしい薬びんが置かれています。
漆喰の壁に貼られた二枚の紙は、ゲイの「乞食オペラ」の主人公である辻強盗マックヒース(Capt Mackheath)と、1719年の二回の過激な説教で、ゴドルフィン内閣を失脚させたイギリス高教会の闘士「ヘンリー・サシェヴェラル神学博士(Dr.Sacheveral S.T.P.)」です。
ベッドの天蓋の上には、現に1730年タイバーンで処刑された実在の追いはぎ「ジェイムズ・ドールトンの鬘箱(James Dalton his Wigg box.)」があります。
枕元に魔女の帽子と樺の木の箒が掛けられているのは、モルが今でも仮装舞踏会に通っている証拠です。
モルは部下を従えて左奥から入ってくる当時娼婦狩りで有名な鬼判事のサー・ジョン・ゴンソンに逮捕されます。

第4葉 感化院にて
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 4.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.2×37.9(31.4×38.7)cm

モルはゴンソンにあげられて、当時トットヒル・フィールズにあった感化院に送られます。
銀のレースのついた華やかな長上着を着たモルも、そこでペテン師や女衒たちとともに朝6時から12時間の大麻を打つ強制労働に服しています。
右側に破れた靴下を履いているのは、一緒に入監したモルの女中です。
モルの背後でこっそりと銀レースを盗もうとする女囚やモルの女中が感化院の獄吏に色目をつかっています。
中央には「怠惰の報い(The Wages of Idleness)」と書かれた笞刑柱があります。
右側の扉には、絞首台にかけられた人物の恨みの落書きがあり、そこには鬼判事のインシャル「SrJ.G.(サー・ジョン・ゴンソン)」と書かれています。

第5葉 臨 終 を 迎 え る
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 5.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.5×37.5(32.2×38.9)cm

解放されて感化院を出たモルは再び娼婦の生活に戻ります。
しかし、すでに侵されていた梅毒が悪化し、死に際を迎えています。
モルの顔は蒼白で今にも息絶えんとしています。
駆けつけた二人の医者(1)は、臨終のモルの手当そっちのけで、自分たちが処方し与えた薬の効用について激しい論争をしています。
女中はモルの看病をしながら医者の争いを止めています。
左端では家主の女房が家賃のかたにとモルのトランクから、衣装、魔女ハット、舞踏靴、仮面などを漁り求めています。
暖炉の前でモルの息子が片手で肉をあぶり、片方の手で頭を掻きむしっています。
手前の床には「鎮痛用ネックレス(PRACTICAL SCHEME ANODYNE)」の袋があります。
ドルアリー・レインの屋根裏からこのあばら屋に逃げて来たモルの生活ぶりは、はがれた壁、雨漏りのする天井、壊れた食器などが、彼女の転落ぶりを物語っています。
(1)この二人の医者は当時悪名高かったやぶ医者のリチヤード・ロックとジャン・ミソーバンです。

第6葉 モ ル の 葬 式
娼婦一代記
1732.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング (ホガース)
[A Harlot's Progress] Plate 6.
Wm. Hogarth invt. pinxt. et sculpt. First State.
30.0×37.8(31.8×38.7)cm

モルの棺の周囲に集まっているのは、売春宿の主人、女衒、仲間の娼婦たちで、ジンを飲みながら、彼女の死を悼み、あるいは悼む素振りをしています。
立会に呼ばれた牧師は、当時いかがわしい秘密結婚の仲立ちとして利用された最低の悪徳貧乏牧師フリート・チャプレン(1)です。
牧師はジンに酔ってドロンとした目つきで、右手を傍らの娼婦のスカートに忍ばせ、帽子で巧に隠されていますが、女の陶然とした表情、特にその目つきが牧師の行為を暗示しています。
この荒んだ集団の中で、一人無邪気に独楽と遊ぶモルの遺児の姿が印象的です。
(1)フリート街の牧師というのは、1666〜1754年にかけて存在した特殊な僧侶で、とことん堕落していたことを、この絵は容赦なく暴露しています。

Tuesday, July 11, 2006

Large illustration for Samuel Butler's Hudibras by William Hogarth

サミュエル・バトラー著 『ヒューディブラス』挿絵(12枚組)
 サミュエル・バトラー(1612-80)の『ヒューディブラス』(1663~78年出版)は、8音節の連句から成る諷刺詩で、セルバンテスのドン・キホーテをモデルにしたといわれています。 ヒューディブラスという主人公の名前は、性急という意味ですが、すでにスペンサーの『神仙女王』でエリッサに云い寄る武骨な騎士に先例があります。
 1660年5月流寓から戻ったチャールズ二世以後の英文学では、政治詩や諷刺詩が流行します。自らも不遇な人生を送ったバトラーは、この著書で王党派の観点から、清教徒の偽善ぶりに対し、辛辣な攻撃を浴びせています。ホガースは『ヒューディブラス』の挿絵を制作しながら(素描に基づき版画化)、詩の行間に流れる「清教徒の偏狭と偽善と衒学と狂信と迷信に対する、大衆的なしかも精緻なこの韻律的諷刺文」を大いに愛誦し、共感を覚えたのです。

第1葉 口絵
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/26第2ステート
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Frontispiece and its EXPLANATION
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
W.Hogarth. Inven. & Sculp. Second State.
Printed & Sold by P. Overton near St. Dunstans Church in Fleet Street.
23.8×34.4(26.0×35.1)cm

中央にあるのがバトラーの肖像です。
その下に
バトラーの諷刺精神にふさわしい記念碑があります。
ヒューディブラスとラルフォーの先導のもとに、サテュロス(酒と女が好きな半人半獣の怪物)の引導する馬車がパルナッソス(ギリシアの山)の山へと向かっていきます。
馬車の後ろには首に綱をかけられた、二つの顔をもつ「偽善」、道化に扮した「無知」、武装した獣の「反抗」などの寓意像があります。
さらに記念碑の前には童子(プットー)に「第1歌」のページを見せるサテュロスがいます。
二人のサテュロスの姿は、ホガースの義父ソーンヒルのコレクションにあったルーベンスとヤン・ブリューゲルの「美神たちに敬われる“自然”の女神」からヒントを得たと思われます。
なお自らの“自然”の姿に見とれる「ブリタニア」の姿は、シモン・ブーエの「化粧するヴィーナス」から啓示をうけています。
遠景には有翼の「時」の寓意像がバトラーの墓碑に敬礼しています。


第2葉 ヒューディブラスの出発
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
[Hudibras Sallying Forth.]
Hudibras his paffing Worth, The manner how he fally'd forth;
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
Wm.Hogarth. Inven. et Sculp. Second State.
London Printed for Robt. Sayer, Map & Printseller, at No. 53 in Fleet Street.

24.6×33.7(26.8×34.3)cm

ドン・キホーテならぬ中世騎士風情のヒューディブラスは郷士パンチョならぬラルフォーを連れて、故郷を後に諸国遍歴の旅に出ます。
彼の姿には狂信的な長老派への諷刺がこめられています。
力なく歩む馬の上には、ビヤ樽のように肥った「連隊長」、両手を胸に合わせ彼に忠誠を誓うのは、唯一人の「従者」、農夫は領主の出発に恭々しく挨拶していますが、そのとたん、彼のお尻にひっかかり、野菜籠がひっくりかえっています。
それにあわてふためく農夫の妻です。
この小エピソードはテキストにはないホガースの「創作」です。
左奥の樹木の茂みは、前景の物々しさとは対照に、ソフト・タッチで描写されています。
画面の下の引用句は第2歌です。
以下、旅の途上の二人の口論、対立は、「長老派」と「組合教会派」の偽善や、自己愛を露骨に諷刺したものです。
ホガースはバトラーのテキストをみごとに戯画化しています。


第3葉 ヒューディブラス最初の冒険
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート  
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras's First ADVENTURE.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
W.Hogarth delin et Sculp. Second State.
Sold by Phil. Overton near St. Dunstans Church Fleetstreet and Ino Cooper in James Street Covent Garden.
24.3×33.0(27.0×34.1)cm

村はずれで遭逅したのは好戦的な熊いじめの村人たちです。
ヒューディブラスは勇敢にピストルで威嚇しますが、ラルフォーは帽子の陰で震えています。荒くれ男のリーダーは、片足のバイオリン弾きのクローデロです。
その隣は生け捕りにした熊で立ち向かうオルシンと肉屋のタルゴールです。
彼らの背後には馬丁のコロン、鋳掛け屋のマニャーノ、靴直しのセルドンです。
ヒューディブラスの側に立つのは、トルーラです。
多少、カリカチュア化された男たちの怒りの表情は、まったく十人十色でホガース得意の人物百態といえます。


第4葉 ヒューディブラスの勝利
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras, TRIUMPHANT.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
Second State.

24.3×33.7(26.5×34.4)cm

棍棒で戦う烏合の衆も、ヒューディブラスのピストルの威力に屈し、ついに親玉のヴァイオリン弾きは捕らえられます。
気性が激しく、興奮状態のヒューディブラスも、やがて落ち着きをとりもどします。
彼はラルフォーの助言でバイオリン弾きの後手を縛り、町中を行進します。
一行は町はずれの古城にやって来ますが、その側に牢獄を発見します。
そこの晒台に、囚人クローデロのバイオリンを戦利品として巻き上げています。
ここで初めて、ヒューディブラスがせむし男のような体型であることも分かります。
正面左側に幾人かの男女や見物人が見えますが、これは文中にはないホガースの「創作」です。


第5葉 トルーラに征服されるヒューディブラス
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras, vanquish'd by Trulla.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
W.Hogarth. Invent. et Sculp. Second State.
Printed and Sold by Philip Overton near St. Dunstans Church in Fleet Street and J. Cooper in James Street Covent Garden.

23.5×33.3(26.7×34.6)cm

ヒューディブラスはたちまち復讐の反撃をうけます。
激しい戦いの後、彼は勇ましい女丈夫のトルーラに征服され、剣を奪われるばかりか、服まで脱がされます。
「男性を凌駕する女性の姿」はジョヴァンニ・ダ・ボロニアの「悪徳に打ち勝つフィレンツェ」(別名、「ピサに勝利するフィレンツェ」)を想起させます。
しかしトルーラはヒューディブラスを打擲しようとする靴直しや肉屋を制し、彼を助命する代わりに身代金とその地位を要求します。
他方、ラルフォーも捕らえられ、嘲笑をうけます。
農家の煙突からは煙が立ちこめ、この殺気だった画面に「勢い」を増しています。
背景には木立の繁み、小川、橋など、牧歌的な田園風景が画面に奥行きへの広がりを与えています。


第6葉 苦難のヒューディブラス
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras, in TRIBULATION.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
Second State.
24.1×34.1(26.7×35.1)cm

捕らわれたヒューディブラスとラルフォーは、武器、上衣、帽子も奮われ、逆に牢獄の前の晒台で足枷になります。
二人はたちまち、お互いの宗派の論争をはじめます。
そこへヒューディブラスの意中の人、遺産土地つきの金持ちの未亡人が召し使いを連れてやってきます。
「彼女と分かるや騎士はすぐさま熱に浮かされ、こんな場所で出会うのは不名誉きわまりない、もうおしまいだと心が騒ぐ」(原文より)。
ラルフォーは意気消沈しているのにヒューディブラスは恥じ入り、頭をかかえながら、未亡人に色目を使います。
帽子を棒にさして嘲笑するデフの村人。
その背後の痩せこけた老女。
前景で椅子に座った肥った大女の後ろ姿。
ここでは優雅なグロテスク、可憐さと老醜とがきわめて対照的に画かれています。


第7葉 スキミントンに出会うヒューディブラス
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras encounters the SKIMMINGTON.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
W.Hogarth. Inv. et Sculp. Second State.
24.6×49.5(27.0×50.2)cm

スキミントンというのはイギリスの田舎ではポピュラーな「嘲笑行列」です。
村人たちは、がみがみ女や女房の尻に敷かれた亭主をともに馬に縛りつけて嘲笑します。
剣に拍車や手袋をぶら下げる亭主、馬を松明で脅かす少年などは原文どおりに描かれています。
その他、糸竿棒を必死に廻す気の弱い夫としゃもじで怒鳴る妻、妻の下着やスカートを物干しにかけて持たされる夫、大鍋の背を太鼓がわりに打つ村人などはホガースのイマジネーションです。
鋏の看板のある家では、仕立て屋夫妻が窓から見物していますが、その夫はコキューか。
下から若者が放尿しながら二人を揶揄しています。
R.ポールソンによりますと、この構図はローマのファルネーデ宮にある「バッカスとアリアドネの行列」とかハンプトンコートにあるマンテーニャの「ユリウス・カエサルの勝利」のパロディのようです。
ホガースのイタリア絵画への挑戦が、ここにも表れています。


第8葉 シドローフェルを襲うヒューディブラス
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras beats SIDROPHEL and his man WHACUM.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
Second State.
24.3×34.4(26.8×34.9)cm

恋に悩むヒューディブラスは占星学者シドローフェルを訪れ、金持ちの未亡人をものにする手練を聞きます。
彼の書斎は鰐の剥製、気味悪い爬虫類、人間の骸骨、乳児のアルコール漬などが展示されています。
この情景は「当世風結婚」第3図<薮医者のもとで>にも登場します。
書棚にはプリニウスの『博物誌』、マーリン(アーサー王伝説では魔術師として登場)の安っぽい民間の運命論書などもあり、床の上には地球儀、望遠鏡、魔法円など総じて占星術、偽医術、魔術の匂いでいっぱいです。

さてシドローフェルは机の上でヒューディブラスの出世ホロスコープを占いましたが、結果はことごとく不吉な兆しです。
宗教、旅行、財産、友情などすべて敵対関係の惑星のめぐり合わせばかり。
肝腎な未亡人との恋も、サテュルヌスとウェヌスの星位とあっては希望なしです。
怒ったヒューディブラスは剣を抜き「お前は詐欺師だ」とシドローフェルに切りかかり、殺害してしまいます。
あわてたラルフォーは警官を呼びに走ります。


第9葉 詰問されるヒューディブラス
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras, CATECHIZ'D.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
W. Hogarth. Inv. et Sculpt. Second State.
24.3×34.3(26.8×34.9)cm

自ら殺害を犯しながら、ヒューディブラスはラルフォーに罪をなすり、未亡人のところに愛の告白に行きます。
しかしラルフォーはすでに先廻りをし、彼を待ちぶせます。
彼は未亡人に偽りの恋の悩みを綿々と訴えます。
突然、入口で激しい物音がし、魔物たちが侵入して来ます。
一瞬、ヒューディブラスの殺した天文学者の超能力のなせる業かと疑います。
彼はあわてて机の下に隠れますが、そのことで臆病さを暴露します。
たちまち発見され、ヒューディブラスは魔物から暴行を加えられ、シドローフェルの殺害や彼の不正な結婚の意図を自白させられます。
ところがこれは仮面を被ったラルフォーの計略だったのです。
こうしてドアーの陰から様子を窺っていた未亡人はすべての真実を知ります。
この情景は、まるで舞台劇のようにドラマティックで、登場人物の一人ひとりの動作が変化に富んでいます。
そのうえ鏡には衣装戸棚が映し出され、さらにその衣装戸棚には魔物たちの影が写される、という空間構成の面白さも見落としてはなりません。


第10葉 聖人委員会
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
THE COMMITTEE.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
Second State.
Printed and Sold by Philip Overton near St. Dunstan's Ch. in Fleet Street & J. Cooper in James Street, Covent Garden.
24.0×34.3(27.0×35.1)cm

15、6名のメンバーから構成される聖人委員会が会議を始めています。
「聖人」というのはもちろん諷刺の意味です。
机の上には「同盟と盟約」と書かれた紙が置かれていますが、正確には「厳粛同盟と国民盟約の盟約者」を指しています。
そこへ牛のもも肉(ランプ)が焼き焦がされた、という知らせが入ります。
人々は最後の晩餐で、キリストの言葉に動揺した十二使徒のように、大混乱となります。
帽子をとり飛び出そうとする者、隣の仲間と激昂し合うもの、考え込むものなど、種々の反応が描かれています。
「もも肉」、つまり「ランプ」とは1648年、多数の長老派議員を議会から追放し、残留(ランプ)した独立派議員のことで、彼らの議会は当時「残留議会(ランプ)」とも呼称されていました。
ゆえにランプを焼き焦がすのは、ロンドン市民の残留議員に対する反感を意味しています。
この情景でホガースは当時の支離滅裂な英国議会を諷刺しようとしています。
なおヒューディブラスはこの画面には登場しません。


第11葉 牛もも肉 (ランプ) を焼き焦がす
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Burning ye RUMPS at TEMPLE-BARR.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
24.3×49.4(27.0×51.1)cm

ロンドンの暴徒たちは肉屋から牛、豚、鵞鳥のもも肉(ランプ)を持ち出し、それを通りの焚火であぶり(ロースト)、焦がし(スコーチ)、焼いたり(ブロイル)」しました。
そして「ノー・モア・ランプ」(ランプ議会は不要)と叫び、イギリスの自由議会への復帰を望んでいます。
それは歴史的にみますと、クロムウェルの内乱(1645)と王政復古(1660)の間の事件です。
画面はちょうど、海豚の商標とたくさんのベルのついたテンプル・バーの店先の出来事を表していますが、サミュエル・ピープスの日記によれば、ひとつの通りで、すでに7、8個の焚火がたかれ、もも肉が焼かれたといわれています。
民衆たちはのろいの人形を丸太にのせ、レーキなどの農具でこずき廻しています。
こうした混乱の中にヒューディブラスやラルフォーの姿も見出されます。


第12葉 ヒューディブラスと弁護士
サミュエル・バトラー著『ヒューディブラス』挿絵
1725/6.
第2ステート 
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
Hudibras, and the Lawyer.
Large illustration for Samuel Butler's Hudibras.
W. Hogarth delin. et Sculpt. Second State.
24.4×34.6(26.8×35.2)cm

恋の成就をあきらめないヒューディブラスは、ついに弁護士のところに相談に行きます。
壁いっぱいに本が並べられたその事務所は、天井が漆喰装飾(スタツコ)のある立派な部屋です。
葉飾つきの豪華な椅子は、ルネサンス宮殿の彫像用の壁龕に位置しています。
彼の前方には、左手に天秤、右手に剣をもつ「正義」の寓意胸像があり、その下半身は飾台の一部と成っています。
威張った弁護士とは反対に、ヒューディブラスは帽子をとり恭順に挨拶をします。
二人の書記のうち、一人は「勤勉」に筆耕を続け、他方は「怠惰」な好奇心から、仕事を中断します(後の「勤勉と怠惰」のシリーズの先行例)。
これらの対比は、床に坐わる二匹の犬や、戸口に立つ二人の女召使いの態度にも先行例としてみられます。
弁護士は結局、ヒューディブラスに未亡人宛に恋文を書くように助言しています。
物語りはこの3部で終わっていますが、おそらく著者は第4部で物語を完結させる意図だったのでしょう。