Monday, July 17, 2006

A Rake's progress by William Hogarth

放蕩者一代記(8枚組)
ウィリアム・ホガース
1735
エッチング、エングレーヴィング

 この物語は、「トム・レイクウェル(Rakehell=放蕩者)」という青年が、節約をして金を貯めた老父の後を継いだけれども、思わぬ遺産にうつつを抜かして、純真な恋人を棄て道楽に耽り、財産を使い尽くしたあげく、富裕な老醜婦と結婚して一時を凌ぎますが、賭博ですって借金がかさみ、あげくの果てに投獄されて発狂、悲惨な最後を遂げる物語です。 このシリーズ(8枚)の各版画の下方にはホガースの友人で劇作家のジョン・ホードリー博士の銘文がつけられています。
 原画となった油彩画はすべてロンドンのソーンズ美術館にあります。

第1葉 遺 産 の 相 続
放蕩息子一代記
1735.第1ステート
エッチングとエングレーヴィング(ホガース)
[A Rake's Progress, Plate 1.]
Invented Painted Engrav'd & Publishd by Wm. Hogarth June ye.. According to Act of Parliament. First State.
32.1×38.7(35.7×40.8)cm

高利貸をする父の死を聞いて、名門校オックスフォード大学遊学中のトム・レイクウェルは急ぎ帰省し、彼の新たな生活様式に合うよう仕立屋に喪服をあつらえています(当時衣装はその人の社会的地位をあらわす顕著な尺度であった)。
壁に亡くなったレイクウェルの父の肖像が掛かっている。そこには金銭勘定にいそしむ姿が描かれています。
戸口の壁の「用心しろ(BEWARE)」というモットーのある商標は、高利貸しを象徴する三個の万力(=viceに同音異語に悪徳の意味がある)です。
床の上の書類の一枚には「インド債券(India Bonds)」と記されていますが、それは亡父が東インド貿易ないし西インド貿易、あるいはその両方に関係していたことを物語っています。
オックスフォード遊学中ということは、足もとに散乱している日記帳の文字-My son Tom came from Oxford-から解されます。
戸口で婚約指輪を手にして涙を流しているのは、レイクウェルが遊学中に誘惑し、結婚を約束した純真で気立のよい棄てた女です。
右手の雑役婦らしい母親が、娘に寄せた「サラ・ヤング婦人よ」「最後の人生・・・貴方と結婚」などと書かれた多くのラブ・レターをエプロンに包み、身籠っている娘をどうしてくれるのか、とレイクウェルに詰め寄っているところです。
レイクウェルが差し出す左手に若干のお金が握られているのは、娘との手切金かと思われます。
この親子の来訪に気を奪われているレイクウェルの背後では、鋭い目つきの悪徳弁護士(鷲ペンがその職業を示しています)が、金銭をごまかそうとしています。
そんなことをお構いなしに、仕立屋は洋服のサイズを測っています。
背後の梯子に乗る葬儀屋が、壁に黒幕を張ろうとしたとき、力を入れすぎて天井の桟をこわし、守銭奴の亡父が隠していた金を落としています。
 名門校のオックスフォードで勉強中のトムは、高利貸の父の急死により大きな財産を相続します。彼は仕立て屋に喪服を作らせているところです。後ろでは弁護士がお金をくすねようとしています。 右手で泣いている娘(サラ・ヤング)は、彼が誘惑して身籠らせてしまったのですが、彼には彼女と結婚する意志はないのです。娘の母親は彼をなじります。ところで画面には、故人がいかに金銭に執着していたかを想像させる材料が、いたるところに散りばめられています。

第2葉 取 り 巻 き 連 中
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.4×38.3cm 第3ステート 1735

 トムは家を貴族の邸宅風に造り直し、上流階級の仲間入りをします。彼の家にはにわかに富豪の彼に金を使わせようとする取り巻き連中が、引きも切らず出入りします。左で鍵盤楽器を弾いているのは、ヘンデルと推定されています。その椅子の背から垂れ下がっているのは、当時有名だったカストラート(少年の美声を失わないために変声期前に去勢された男性歌手)のカルロ・ファリネッリはヘンデルのライヴァルであった王立劇場監督のニッコロ・ポルポーラが呼び寄せた歌手でしたが、ホガースはそのように楽器として作られた人間やそれをもてはやす流行を痛烈に批判しました。それにしてもこの画面は、当時の上流階級の趣味や風俗を窺わせて興味深いものがあります。

第3葉 居 酒 屋 で の 散 財
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.8×38.3cm 第2ステート 1735

 第2葉で昼の稽古ごとに追われたトムは、夜になると友人のために「ザ・ローズ」という居酒屋(実在した)で大宴会を催します。酔った彼は女に介抱されていますが、彼の腰にあるのは抜き身の剣で、彼の椅子の側に警棒と壊れたランプがあるのは、彼が夜警を襲ったことを匂わしています。

第4葉 逮 捕 の 場
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.8×38.7cm 第1ステート 1735

 トムは放蕩の末ついに破産、一攫千金を狙って賭博場に行く途中で役人に逮捕状を突きつけられます。当時破産者は、債務者監獄で労働に服さなければならない決まりでした。かつて彼が遊んで捨てたサラが駆けつけて、自分が針仕事で貯めたお金を差し出して、彼を助けようとします。

第5葉 老 女 と の 秘 密 結 婚
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.6×39.0cm 第1ステート 1735

 働くことを知らずただ貴族的生活にしがみつこうとするトムは、ついに片目の潰れた金持ちの老女と秘密結婚をします。場所は、当時その手の結婚を取り持つことで知られた聖メアリー・ル・ボン教会です。トムは、付き添いの若い娘の方に流し目を送っています。左後方では、赤ん坊を抱いたサラとその母親がやって来て結婚の無効を訴えますが、召使い女に追い返されます。

第6葉 賭 博 場 に て
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.6×38.7cm 第2ステート 1735

 老女の財産を手に入れたトムは、賭博場通い。今彼は大負けして、半狂乱になっています。犬の首輪から、場所はその一角にあった賭博場で、1733年に落雷のため火事になった「ホワイツ・チョコレート・ハウス」と推定されます。隙間から煙が漏れてきて、火事を暗示しています。左手に駆けつけた夜警。しかし、客たちはお構いなしに自分のことに没頭しています。儲けを山分けする者、高利貸に借金を申し込む者、口論する者、負けて悔しがる者、等々。勝った者を狙う追い剥ぎまでもいます。

第7葉 監 獄 に て
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.8×38.6cm 第1ステート 1735

 妻の財産までも使い果たして再度破産したトムは、再び監獄へ。獄中で思いついた最後のあがきとして、戯曲を書いて原稿をコヴェント・ガーデン劇場(当時、ジョン・ゲイの芝居「三文オペラ」の上演で評判だった)の支配人ジョン・リッチに送りますが、採用されず、老妻に罵られます。左はトムとの間の娘を連れて慰問に来たサラで、彼の再起が万策尽きたのに絶望して気絶します。

第8葉 精 神 病 院 に て
ウィリアム・ホガース 放蕩息子一代記
エッチングとエングレーヴィング
31.6×38.7cm 第2ステート 1735

 トムは発狂して精神病院に収容されます。ここでもサラはかいがいしく彼の世話をしています。周りにはさまざまなタイプの狂人がいます。彼らは、自分が聖人、王、教皇、天文学者、音楽家、仕立て屋、等々であると思い込んでいます。廊下には二人の若い女の見物客がいて、扇子で隠すふりをしながら、裸で放尿している王の狂人を盗み見ています。当時、精神病院の見物は日曜の楽しみごとの一つであったといわれています。

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